収蔵資料
| 収蔵品名 | 罹災証明書(全資料) |
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空襲によって長岡市役所は焼失しましたが、空襲直後の8月2日午前4時から北越製紙本社の建物(大手通2丁目)が市役所の仮事務所となり、罹災証明書の発行が始まりました。罹災証明書は、空襲で被災した人々に対して、役所や警察署などが発行したもので、米・味噌・毛布などの特別配給を受けることができたり、鉄道の無賃輸送の対象になることができました。
空襲直後(8月2日付)は行方不明だった鶴田義隆市長名で発行されていますが、殉職が確認されてからは「市長職務管掌」(8月3日付)となっています。その他新潟市役所の罹災証明書が転用されていること等から、物資不足や空襲直後の混乱の中で発行されていたことが読み取れます。